初心忘るべからず

室町初期の能役者、世阿弥が世に遺した言葉だと言われている。何事につけ、はじめた時の気持ちを失わず持ち続ける事ができれば大成するという事か。

初心とは何事かを成そうと志した時の純粋な心だ。しかし、人はこの純粋な心を保ち続ける事は非常に困難である。全てのものが移り変わるこの世界において、変わらぬ志を貫くという事が如何に困難な事かは、自分の日常を見ればすぐに分かる。初心を忘れてはならない事は誰もが知っている。しかし、それを行う事が難しい。

私がマスターと呼んでいる先生は、私よりも3歳ほど年上だが、先生がいつも口にされるのが「基本を大切にしなさい」という事だ。何かあれば基本に戻りなさい、と話される。基本、すなわち初心だ。

私たちは何か事にぶつかった時、あるいは道に迷ってしまった時ですら、なんとか前に進もう進もうとする。一旦そこに止まり、振り返って基本を見つめ直す事をしない。思うに、止まる事を恐れているのではないだろうか。動かなければ沈んでしまいそうな、見えない恐怖に襲われている。じっとしていられない…だから強引に前に進もうとする。しかし、結果は見えている。必ず行き詰まって動けなくなってしまうのだ。

先生は言われる…「止まる勇気」が必要だと。そして、心を基本、すなわち一なる初心に向かわせ止まらせるのだと。「一」に「止」まるを知れば「正」しい見識、「正」しい行動へと自身を導くことが出来る。

私もブログを書き始めた今の気持ちを忘れないようにしたいものだ。この気持ちが私にとっての初心だからだ。壁にぶつかっても、この気持ちを思い出して歩み続けたいと思う。

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はじめに…眩い光

眩いばかりの太陽の光。だれも直接に見る事はできないが、手をかざすなどしてその光を和らげ、そっとのぞき見る。しかし、それでも人はその光に癒され、沢山のエネルギーを吸収する。

賢者の言葉もそれに似て、ダイレクトに学ぼうとすれば眩すぎて敬遠したくなる。だから、言葉を重ねて光を和らげ、何気ない日常の中に落とし込んでのぞいて見る。すると、その遺された言葉に人は多くを学び、生きる活力とする事が出来る気がする。

ずいぶん前に師に易経について学んだことがあるが、先生は「易の卦はあなたに何かを教えるのではない。あなたが易の卦をどう読み解くか、それだけだ」と言われたのを思い出す。易経に限らず、賢者の知恵に学ぶには、自身の能動的な思索が必要だということだろう。

ともあれ、このブログに書くのは四字熟語や故事、名言の解説ではない。意味を知りたければ解説書を読むべきだ。その道の先生達からの回答がそこにある。私が書きたいのは日常に生き続ける賢者の言葉だ。自分の日常を通して、少しでも賢者が遺した言葉に思いを馳せる事ができたらと思う。

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