眩いばかりの太陽の光。だれも直接に見る事はできないが、手をかざすなどしてその光を和らげ、そっとのぞき見る。しかし、それでも人はその光に癒され、沢山のエネルギーを吸収する。
賢者の言葉もそれに似て、ダイレクトに学ぼうとすれば眩すぎて敬遠したくなる。だから、言葉を重ねて光を和らげ、何気ない日常の中に落とし込んでのぞいて見る。すると、その遺された言葉に人は多くを学び、生きる活力とする事が出来る気がする。
ずいぶん前に師に易経について学んだことがあるが、先生は「易の卦はあなたに何かを教えるのではない。あなたが易の卦をどう読み解くか、それだけだ」と言われたのを思い出す。易経に限らず、賢者の知恵に学ぶには、自身の能動的な思索が必要だということだろう。
ともあれ、このブログに書くのは四字熟語や故事、名言の解説ではない。意味を知りたければ解説書を読むべきだ。その道の先生達からの回答がそこにある。私が書きたいのは日常に生き続ける賢者の言葉だ。自分の日常を通して、少しでも賢者が遺した言葉に思いを馳せる事ができたらと思う。
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